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≪Chapter of Yanesen lineup≫
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天王寺


谷中霊園から日暮里の駅に抜ける手前に、天台宗天王寺がある。
元々は、鎌倉時代に創建された日蓮宗の感應寺であったが、不受不施派という他を認めない原理主義的な宗派であったことが、
幕府に嫌われ元禄12年の禁令により天台宗へ改宗したのだという。
享保年間には、湯島天満宮目黒不動龍泉寺とともに江戸の三富と呼ばれる富くじのメッカとして人気を集めるようになり、
繁栄した天王寺であるが、幕末になり、上野戦争が勃発すると戦火に見舞われ境内は壊滅的な被害を被ったという。
また、幸田露伴の小説「五重塔」で有名になったという五重塔も昭和32年に消失している。
(左)山門。
(右)元禄のものだという銅造釈迦如来坐像。バックの建物は本堂。

天王寺 天王寺

(左)毘沙門堂。谷中七福神の毘沙門天を祀っている
(右)境内の井戸。

天王寺 天王寺

安立院


曹洞宗の安立院も谷中霊園に隣接している寺院だ。
元々は、天王寺末寺の天台宗寺院であったらしい。
創建や建物の年代に関しては特に記述なく分かることも少ないので、次に進む。

安立院 安立院

旧平櫛田中邸


谷中霊園を上野桜木方面に抜けると、旧平櫛田中邸がある。
平櫛田中(ひらくしでんちゅう)は、明治から昭和にかけて活躍した彫刻家で107歳という驚異的な長寿を全うしたという。
本名は、平櫛倬太郎で旧姓が“田中”だったようだ。
なんでも、高村光雲、荻原碌山、朝倉文夫などと並び日本を代表する彫刻家なのだという。
帝国芸術院会員や東京美術学校(現・東京藝術大学)の教授を務めるなど、やはり、その道の権威であったらしく、
文化勲章受章も受賞している。
この建物は、大正8年〜11年に建てられたアトリエ兼住宅であるという。
通常は、非公開だが、たまに一般公開しているようだ。
その日の日記 >>

平櫛田中邸 平櫛田中邸

平櫛田中邸 平櫛田中邸

浄名院(八万四千体地蔵)


谷中霊園を上野桜木の言問い通りに抜けると天台宗 浄名院がある。
浄名院は、寛文6年に寛永寺三十六坊のひとつして創建とあり、必然的に、山号は東叡山だ。
これまで見てきた谷中では、日蓮宗が圧倒的に多かったが、上野桜木まで来ると寛永寺系列とも言うべき天台宗のゾーンへと変わる。
(左)この山門は、享保年間のものとある。
(右)浄名院の境内。

浄名院 浄名院

(左)「八万四千体地蔵」なるもの。膨大な数だが、実数はわからない。
(右)江戸六地蔵の六番目(再建)。
本来は深川の永代寺にあったものが、廃寺になった際に消滅し、ここに再建されたとういうのだが、要は自称であるらしい。
江戸六地蔵とは、京都の六地蔵に倣って、宝永から享保年間にかけて江戸の主要街道に置かれたものだという。

一番目 品川寺(品川区南品川) 旧東海道
二番目 東禅寺(台東区東浅草) 奥州街道
三番目 太宗寺(新宿区新宿) 甲州街道
四番目 真性寺(豊島区巣鴨) 旧中山道
五番目 霊巌寺(江東区白河) 水戸街道
六番目 永代寺(江東区富岡 現存せず) 千葉街道

浄名院 浄名院

谷中霊園を芋坂に出てJRの線路を超えると江戸時代からの名物であるらしい「羽二重団子」の店がある。
住所は東日暮里で、根岸との境目あたりだ。
江戸の地図では、谷中本村で、金杉村との境界にあたる。
「羽二重団子」の対面には、次に向かう善正寺がある。

羽二重団子

善性寺


善性寺は、室町時代、長亨元年創建の日蓮宗寺院だ。
寛文4年、六代将軍徳川家宣の生母長昌院がこの寺に葬られて以来、徳川家ゆかりの寺となり、 さらに、宝永年間に家宣の弟の松平清武が
ここに隠棲したことから、家宣が度々訪れるようになったという。
当時、門前には、音無川が流れていて、架けられた橋には「将軍橋」の名が付けられたという。
(右)山門をくぐる手前で、目を下に転じると「将軍橋」の文字が。

善性寺 善性寺

(左)本堂前の舗装スペースが、何か殺風景な印象を与える。
(右)安土桃山期と伝えられる「不二大黒天像」だとか。

善性寺 善性寺

(左)松平清武の墓。
正面は「本賢院従四位下行侍従弘毅齋墓」、側面は「弘毅齋姓源松平氏諱清武右近衛将監...」と見える。
(中)第55代内閣総理大臣「石橋湛山」の墓。
(右)小野派一刀流(中西派)4代目中西子正の墓らしい。子に山岡鉄舟を破って弟子にしたという浅利義明がいる。

善性寺 善性寺 善性寺

太田道灌像


JR日暮里駅前にある太田道灌像。
江戸時代、現在の西日暮里駅付近には道灌山があり、現在は道灌山通りに名前が残っている。
この日暮里駅付近も、江戸の谷中本村で、地図で見ると畑だ。

この後は、千駄木駅付近に移り、今度は三崎坂を再び谷中へと上がる。



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