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長久院


谷中4丁目と6丁目の間の道に入って来た。
真言宗の長久院も神田からの移転組だ。
慶長16年に神田北寺町に創建、慶安11年に移ってきたのだという。

長久院 長久院

本堂の前に、台東区の文化財に指定されている“六十六部造立石造閻魔王坐像及び両脇侍像"がある。
中央に閻魔王像、左右にそれぞれ司命、司録像を置くもので、この作者の石仏では地蔵菩薩像が多く閻魔像と言うのは珍しいのだとか。

長久院 長久院

西光寺


西光寺


西光寺も長久院と同じく神田から移転の真言宗寺院だ。
慶長8年に神田北町に創建、慶安元年に移転とある。
藤堂家と佐竹家の祈願寺で、開山が藤堂高虎、開基が佐竹義篤次男の
妙音院で、施主に出羽久保田藩主 佐竹義宣の名がある。

(左)左側が「韋駄天像」、右側が「十一面観音像」で、藤堂高虎が朝鮮から持ってきたような事が書いてある。韋駄天寺の異名で呼ばれたともある。

(右)藤堂高虎の継室で嫡男藤堂高次の母「松壽院」と、高虎の次男藤堂高重「寶樹院」の供養塔。



西光寺 西光寺

瑞輪寺(大久保主水墓)


瑞林寺は、谷中では有力な寺院であったようだ。参道には、現在もいくつかの子院が並んでいる。
(左)院展を主催する日本美術院。横山大観や下村観山が創立に携わった美術団体であるという。
(右)瑞林寺子院の一つ躰仙院。山門には、谷中鬼子母神と見える。

瑞輪寺 瑞輪寺

瑞輪寺は、天正19年創建の日蓮宗寺院だ。 日本橋馬喰町から神田へ、さらに慶安2年に谷中へと火事で被災の度に移転を繰り返している。
瑞輪寺は、日蓮宗の江戸での重要拠点の一つで、開基は徳川家康、開山は日新上人であるという。
なんでも、日新上人というのが家康の幼少の頃の学問の師なのだという。

瑞輪寺 瑞輪寺

(左)家康と日新上人について書かれた案内板。
(右)元禄期の鐘。徳川家光の寄進によるものとある。

瑞輪寺 瑞輪寺

都の史跡に指定されている大久保主水墓。
大久保主水(藤五郎)は、神田上水を開いたという人物だ。子孫は代々主水と称し幕府用達の菓子司を勤めたとある。

瑞輪寺 瑞輪寺

(左)「正三位 勲一等 子爵 井上毅墓」とある。肥後藩の出身で、明治の政治家。
伊藤博文内閣の下で、大日本帝国憲法や皇室典範、教育勅語、軍人勅諭などの起草に携わった人物。
(中)松平正甫と慶姫の墓。共に、父は陸奥会津藩3代松平正容。
(右)「市橋下総守藤原長勝」とあるのは、戦国大名、市橋長勝の墓。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕え、越後国三条藩初代藩主となっている。

瑞輪寺 瑞輪寺 瑞輪寺

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