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≪ Chapter of Tkuda.Tukisima ≫
佃天台地蔵佃小橋佃煮屋住吉神社石川島公園月島西仲通り


隅田川の堤防に上がってきた。
(左)佃大橋。新富晴海線が通っていて、対岸は中央区湊と明石町だ。
(右)橋をくぐると月島一丁目になる。奥に見えるのは勝鬨橋だ。



住吉神社


隅田川沿いを佃一丁目まで戻り住吉神社に向かう。
(左)堤防沿いに鳥居が見える。
(右)この路地の先が住吉神社だ。



佃島の鎮守 住吉神社は、江戸に移住した漁民により、正保3年(1646)に創建されたという。
なんでも、摂津の佃村にある住吉社の神職平岡権大夫が分霊を奉じて共に江戸に移住していたらしい。
(左)鳥居の扁額「住吉神社」は、明治15年、有栖川宮幟仁親王の筆によるものだとか。



社殿に祀られているのは、住吉三神(底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命)、息長足姫命(神功皇后)、東照御親命(徳川家康)だとか。



水盤舎の彫り物。渡し船や漁船であると思われる。



住吉小橋なる橋を渡る。
(左)橋は佃堀に架かっている。右奥に住吉神社がある。左岸は佃公園。
(右)その佃公園。



佃公園は中央区の公園らしい。先ほどとは逆側から佃小橋が見える。



あらためて住吉小橋を渡る。
(左)隅田川から佃堀の分流地点にある住吉水門。
(右)江戸時代、石川島にあった燈台のモニュメントだとか。



隅田川の遊歩道を歩く。
この先、中央大橋を超えると佃公園から石川島公園になるらしい。
(左)対岸は中央区湊。浜離宮に向かう水上バスが見える。
(右)中央大橋とスカイツリー。



永代橋が見えてきた。隅田川は佃島の先端辺りで2手に分かれている。
石川島公園は佃小橋のバックに聳えていた大川端リバーシティ21の足元にある公園だ。
元々石川島(佃2丁目付近)は独立した島で、江戸初期に石川重次という旗本がこの地を拝領していた事に由来するという。
寛政年間、火付盗賊改方長官の長谷川平蔵が石川島人足寄場を設置した場所としても知られる。



石川島公園は隅田川から分岐した晴海運河(隅田川派川)へとL字型のカーブを描いている。
右手には大川端リバーシティ21が聳えている。対岸は越中島公園だ。
かつて、この地には、幕末に水戸藩が建造した造船所をルーツとする石川島播磨重工業(現IHI)が存在したたが、 造船所は昭和14年に豊洲に移転となり、最後に残った佃工場も昭和54年に閉鎖されたのだという。



石川島公園は、相生橋まで続いている。
(左)お台場方面に運行している水上バスのヒミコ号。(松本零士がデザインしているのだとか)。バックには中の島公園が見える。
(右)相生橋まで戻ってきた。この後は、この清澄通りを月島に向かう。



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