矢切の渡しは
江戸時代に地元庶民の交通機関として利用されていた渡し場の一つであるという。
現在残っているのは、もちろん観光用で「柴又」「松戸」間の江戸川を往復している。
これは、都内で唯一残っている渡し場であるらしい。
「矢切」という住所は対岸の松戸市側に、上中下の「矢切」があるようで、
渡し場のある「柴又」の対岸は「松戸市下矢切」だとか。
≪Chapter of Sibamata lineup≫
金町駅→
良観寺→柴又八幡神社→
帝釈天参道→柴又帝釈天→
山本亭→寅さん記念館→
矢切の渡し→
金町駅
(左)柴又サイドの江戸川土手。
(右)土手を下りて川沿いまで行くとその渡し船が見えてくる。
河川敷には、いつぞや、ヒットした演歌「矢切の渡し」の歌碑なんかがある。
また、この一帯には、古戦場としての歴史もあって、案内プレートには「国府台合戦」の戦場跡地だと書いてある。
戦国時代に小田原北条氏と安房里見氏との間で第一次・第二次の2度に渡り繰り広げられた攻防戦である。
もっとも、国府台城は対岸の松戸側のやや下流(市川市)にあるようで、主戦場に向かって北条軍がこの川を渡って行った
と言うことなのだろう。
渡し場に来た。片道 大人100円 子供50円だとある。
桟橋で船を待つ江戸庶民(推定)。
ちなみに、(有)矢切渡船(個人営業?)によって運行されているらしい。
船に乗り込む。低い舷側からはワイドに江戸川が見える。当たり前か。
(左)松戸側の桟橋が迫ってきた。そう言えば、東京と千葉の県境でもあったわけだ。
(右)松戸側に上陸。
地味に矢切の渡しの説明や、売店らしきものがあるが・・・やっぱり特になにもなさそう。
そのまま、また、船に乗り引き返す。
柴又側の土手。写真だと分からないが、肉眼ではスカイツリーもちょこっと見える。
所要時間は5分ほど。あっという間に対岸が近づいてくる。
(左)柴又側に帰ってきた。
(右)土手の上から再び江戸川を眺めたところ。
土手の上から見た山本亭。
敷地の広さや建物の構成などがなんとなくわかる。
江戸川土手を下りて、山本亭の敷地や帝釈天の参道を引き返し、
金町線の線路沿いをJR金町駅まで戻ってきた。
と言うわけで、今回の葛飾柴又編は以上。