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≪ Chapter of Tabata lineup ≫
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田端八幡神社


田端切通しを抜けて右に曲がると、田端村の鎮守田端八幡神社がある。
明治の神仏分離以前は、隣の東覚寺と一体で、江戸の地図には“八幡社 別当 東覚寺”と記されている。
八幡神社なので由来は源氏がらみで、文治5年に源頼朝が奥州征伐から凱旋した際に創建された事になっている。
鳥居をくぐると正面に社殿へと上る階段が、右には富士浅間社・三峰社がある。

田端八幡神社 田端八幡神社

(左)富士浅間社・三峰社。いわゆる富士塚だと思われる。
(右)社殿は平成4年に再興されたものであるという。

田端八幡神社 田端八幡神社

神社の境内は、先ほどの切通しの上にある。
下を走っているのは、先ほどの駅前通りであるが、明治の地図には東覚寺坂とある。

田端八幡神社 田端八幡神社

東覚寺(赤紙仁王)


田端八幡神社の真隣りに赤紙仁王で知られる東覚寺がある。。
室町時代の延徳3年(1491)に神田の万世橋付近に創建され慶長年間に田端に移転してきたという真言宗寺院だ。
現在、谷中七福神の福禄寿を祀っている。
(左)正面の不動堂の前に立つ赤いのが赤紙仁王だ。本堂は、左手の門の奥にある。
右端には、田端八幡神社の鳥居が見える。
2013年、谷中七福神の模様 >>

東覚寺 東覚寺

赤紙仁王は、寛永の江戸市中に流行した疫病を鎮めるために造られたものらしい。
もともとは、八幡神社の参道前に立っており、神仏分離後に東覚寺境内に移動したのだという。
いわゆる金剛力士像で、赤紙は身体の悪い部分に貼り、病気が治ったら草鞋を供えるのだとか。

東覚寺 東覚寺 東覚寺

境内と本堂。

東覚寺 東覚寺

正月の七福神めぐり期間中には、本堂の裏庭が公開される。
丘陵を利用した日本庭園で、田端台地の斜面にある寺院であることが分かる。

東覚寺 東覚寺

東覚寺の前は、赤紙仁王通りらしい。 田端2丁目から3丁目へと歩いて行く。

赤紙仁王通り 赤紙仁王通り

ポプラ坂


この台地に上る坂は、ポプラ坂であるらしい。
付近にはその昔、洋画家の小杉放庵が作ったポプラ倶楽部なるテニスコートがあったという。
その坂をちょこっと上がると旧家に「ポプラ坂荘 田端文士村芸術の里」と言う看板がある。 なんでも、 詩雑誌「驢馬」の編集場所だったとだか・・・ やっぱり良く分からないが・・・ 田端文士村の遺構なのだろうか。


ポプラ坂 ポプラ坂 ポプラ坂

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