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≪ Chapter of Senzokuike ≫
洗足池駅→ 池月橋千束八幡神社名馬 池月弁天堂西郷隆盛留魂祠勝海舟夫妻の墓妙福寺→ 洗足池駅

池を半周ほどしたところで、案内図を見てみる。
鯉が泳ぐ、この水路は、清水窪湧水路であるらしい。
なんでも、北千束にある清水窪弁財天に水源の一つが残っているのだという。

洗足池地図 洗足池

洗足池弁財天(厳島神社)


池に弁財天というのは定番で、祭神の市杵嶋姫命は水の神様として弁財天と同一視されている。
このような、水辺と弁財天ということでは、 安芸の宮島の厳島神社が有名であるが、江ノ島などもそうであるし、同じような公園では井の頭公園にもある、日本庭園の池なんかでもよく見かける。
洗足池弁財天は、創建は不明ながら、古より洗足池の鎮守であるという。
現在建っているのは、夢のお告げにより再建された、昭和初期の社殿であるらしい。

弁天堂 洗足池

水生植物園とある辺りには、冬なので何もない。 地味にカモやサギが見られるくらいだ。

洗足池 洗足池

(左)右奥には洗足池弁財天の赤い鳥居が見える。
(右)逆光で見えないが、一番奥には池月橋がある。

洗足池 洗足池

西郷隆盛 留魂祠と留魂碑


「南州西郷先生留魂祠手墨の碑」と石柱が建っている。
ここには、西郷隆盛を忍び勝海舟が建てた留魂祠と留魂碑ものがあるらしい。
維新後の海舟と隆盛には親交があったといい、この地にあった海舟の別邸で歓談したと伝わっている。
(右)西郷隆盛 留魂祠。西郷隆盛を祀る祠であるらしい。

洗足池 洗足池

西郷隆盛 留魂碑。
「留魂」とは、西郷隆盛が奄美大島遠島中にで読んだ漢詩「獄中感有り」の1節「願留魂留護皇城」に由来するのだとか。

洗足池 洗足池

勝海舟夫妻の墓


西郷さんの祠の隣には、勝海舟夫妻の墓がある。
ここには、洗足池周辺の景観を気に入っていた海舟が、晩年に千束軒という別邸を建てていたのだという。
寺院の墓所などではないのだが、神式ということもあるのか? 遺言によりここに葬られたという。

洗足池 洗足池

御松庵 妙福寺


ちょっと古めかしい雰囲気のあるここは、洗足池の名にまつわる日蓮上人ゆかりの寺院らしい。
なんでも、日蓮が有力な檀家である池上宗仲の館(現、池上本門寺)へ向かう途中に洗足池で休憩したのだという。
その際に、松の木に袈裟をかけて、池の水で足を洗ったことで、御松庵が創建され、また、洗足池の名前の由来となった・・・そういうことになっている。
妙福寺は、寛永6年、日本橋馬喰町に創建され、関東大震災による移転で御松庵と合併したものらしい。

洗足池 洗足池

境内にある祖師堂は、登録有形文化財に指定された建造物だ。
元々は、天保4年に、七面大明神堂として再建されたものであるという。

洗足池 洗足池

(左)日蓮像。すでに足は洗っただろうか。
(右)洗足池碑。読めないが、まあ、由来が記されているのだろう。

洗足池 洗足池

(左)山門の竹林。
(右)これが、袈裟掛けの松らしい。現在は3代目の木であるという。

洗足池 洗足池

これで、池を1周回り終えた。
(左)東急池上線 洗足池駅。
ちなみに東急目黒線の洗足駅や住所の洗足は目黒区にあり、ここ大田区には北千束と南千束という住所があるらしい。
(右)中原街道の歩道橋を渡る。前方は五反田方面、後方は綱島街道を経て横浜へと至る道だ。

洗足池駅 中原街道
洗足池駅


池上線の電車を待つ。
池上線は、池上本門寺への参詣客を見込み大正11年、池上〜蒲田で開業、昭和3年に五反田〜蒲田での運行となったという。
この洗足池駅は昭和2年の延伸により出来たらしい。

以上で、今回は終了。