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≪Chapter of Ryougoku lineup≫
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現在の両国国技館は、幕府の御米蔵や蝦夷福山藩松前家の下屋敷があった土地の一画を占めている。
国技館は、本所回向院の境内から蔵前国技館へと移り、昭和60年から現在の建物が使用されているという。
ここに国技館があることで、地名の“横網”が“横綱”と間違えられやすいようだ。
国技館の中を見学した 第十回 両国にぎわい祭りの模様 >>

両国国技館 両国国技館

両国国技館 両国国技館

JR両国駅の西口。
このあたりも幕府の御米蔵や蝦夷福山藩松前家の下屋敷だった場所だ。

両国駅 両国駅

国技館の前から回向院へと続く道は国技館通り。通り沿いには力士像が並ぶ。

両国駅 両国駅

この国技館通りは、江戸時代にはなかった道で、南本所横網町や本所小泉町といった町屋だったようだ。
(右)両国国技堂。“あんこあられ”なるものを売っている。

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回向院(鼠小僧の墓)


国技館通りの突き当り、京葉道路を渡ると両国回向院がある。
江戸の地図で見ると、正面の参道は両国橋の架かる両国広小路に向かい伸びている。
現在は、人の流れが両国駅方面からになるであろうが、当時は繁華街であった隅田川対岸の広小路から参詣に来たものと思われる。
両国回向院は、明暦3年に創建された浄土宗寺院で、南千住に別院として小塚原回向院がある。
明暦の大火により焼死した多数の無縁仏を葬るよう、時の将軍家綱が命を下した事に始まり、その後、関東大震災などでの犠牲者も葬られているという。 そんな、暗い成り立ちの反面、回向院には相撲の興行に纏わる華やかな歴史もある。
天明以降、現在の大相撲のルーツとなる勧進相撲の興行が行われるようになり、明治42年には、旧両国国技館が境内に建てられている。
(左)風変わりなフォルムの山門。
(右)力塚。昭和11年に相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊の為に建立したものだとか。

回向院 回向院

(左)明暦大火横死者等供養塔や海難供養碑群。
(右)岩瀬京伝・京山墓。江戸時代の著名な戯作者。

回向院 回向院

回向院は、この「鼠小僧の墓」があることでも知られている。俗名 中村次良吉、戒名 教覚速善居士と見える。
義賊であったかどうか実像の方はともかく、時代劇のヒーローは、現在、特に受験生に人気であるという。
なんでも長年捕まらなかった運にあやかれる?らしく、削って持って帰る用の石がある。

回向院 回向院

鼠小僧の墓の隣には、猫塚なるものもある。案内板には「猫の恩返し」とある。
落語の演目らしいのだが、なんでも、商家から小判を盗もうとして殺された魚屋の飼い猫が葬られているらしい。

回向院 回向院

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