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名主の滝公園


王子稲荷から、さらに森下通り商店街を進むと名主の滝公園がある。
ここに、唯一残る王子の七滝として名主の滝がある。
安政年間に王子村の名主「畑野孫八」が自宅に開いたのがルーツだという名主の滝は、 その後、所有者の変遷があり、庭園が整備されたのは明治期、垣内徳三郎という貿易商によるものだという。
昭和には、精養軒が食堂やプールなどを運営していたが空襲で焼失、昭和35年に東京都により整備され公開に至ったという。

名主の滝公園 名主の滝公園

王子稲荷神社も階段を上がった斜面の上にあったが、名主の滝公園も丘陵の斜面を利用した造りとなっている。
(右)女滝。

名主の滝公園 名主の滝公園

(右)独鈷の滝。

名主の滝公園 名主の滝公園

名主の滝公園 名主の滝公園

(左)湧玉の滝と見えるが水が落ちてないか・・・
(右)8メートルの落差があるという男滝。

名主の滝公園 名主の滝公園


王子駅まで戻り飛鳥山の坂を上がる。
カーブを上がっていく都電荒川線もここが一番の急勾配のはずだ。
正面には飛鳥山に上るアスカルゴが見えるが、そちらは後回しにして石神井川流域に向かう。



音無親水公園にかかる音無橋上に来た。

音無橋 音無橋

コンクリートで風情はないが、なんとなく渓谷の雰囲気が残る石神井川。流域の遊歩道を進む。

石神井川 石神井川

正受院



石神井川の滝野川サイドを少し遡る。
路地を入った所に正受院という浄土宗寺院がある。
王子の七滝で残存するのは名主の滝だけであるが、このお寺の裏手の坂を下ると石神井川の岸に不動の滝があったという。 なんでも、平安時代に夢のお告げで滝野川に来た僧侶が川から不動明王像を拾い上げ滝の側に安置したのだとか。 それならば、本尊は不動明王かと思ったら阿弥陀如来らしいのだが。
(王子不動之滝)


正受院 正受院

参道を進むと変わったスタイルの山門がある。明治期のものらしい。

正受院 正受院


江戸時代には、本堂の裏手から滝に下りる坂道があったらしい。
本堂前にある朽ちかけた石像は甲冑姿の蝦夷地探検家近藤守重(重蔵)像。
晩年の4年間ほどを、この付近で過したらしい。向丘編で西善寺に墓所があった

正受院 正受院


(左)境内の石仏群。「白龍山 大天狗 小天狗」などの文字が見えるが、天狗はいそうにない。
(右)“瀧ふ動尊"らしき文字が見える標柱。奉納されたものと思われるが、名所だった頃の面影が垣間見える。

正受院 正受院 正受院


音無緑地


さらに、石神井川沿いを行くと「音無緑地」なんてのものがある。
吊り橋が復元されているこの場所は、石神井川の旧流路の一部であるといい、 川を直線的に改修した際に残ったカーブ部分を公園にしているらしい。



金剛寺


再び、石神井川を遡ると紅葉橋なんて橋がある。
ここから、見える金剛寺は紅葉寺と呼ばれた紅葉の名所だ。
ただ、現在は、どちらかと言うと石神井川沿いは桜の名所になっている。

紅葉橋 金剛寺


金剛寺は弘法大師により創建されたと伝わる古刹である。本尊の不動明王も弘法大師作であるという。
また、平家打倒に挙兵した源頼朝が布陣したという伝承が残る場所でもある。

金剛寺 金剛寺


(左)紅葉寺の標柱。徳川吉宗は、飛鳥山エリアを桜の名所としているが、この一帯には紅葉が植えられたという。

金剛寺 金剛寺 金剛寺


松橋弁財天窟跡



さらに少し石神井川を遡ると「松橋弁財天窟跡」という案内板が見える。
ここも石神井川の旧流路だったと言う窪んだ場所だが、このあたりまで金剛寺の縄張りであったらしい。
江戸時代には、特に紅葉の名所として知られ、崖下には弁天の滝や洞窟があったのだという。
その洞窟には弘法大師作と伝わる弁財天(吉祥天とも)像があったといい、 そこに源頼朝が太刀を奉納したとの伝承があるらしい。
現在、全く当時の面影はないが、江戸庶民の避暑地、行楽地として人気の場所であったようだ。
(王子滝野川)


松橋弁財天窟跡 松橋弁財天窟跡


松橋弁財天窟跡 松橋弁財天窟跡


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