HOME(23区版)皇居≪靖国神社




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<<皇居東御苑>>大手門番所展望台富士見櫓松の廊下跡本丸・天守台平川門二の丸庭園北桔橋門
平川門和気清麻呂像平将門の首塚
<<北の丸公園>>吉田茂像清水門千鳥ヶ淵弥生慰霊堂田安門千鳥ヶ淵半蔵門
<<靖国神社>>大村益次郎像社殿遊就館神池庭園


千鳥ヶ淵から田安門付近の靖国通りへと戻ってきたところ。道の対岸には靖国神社の鳥居と玉垣が見える。
(右)明治の陸軍元帥大山巌像

大山巌像

靖国通りを渡る歩道橋の上。 正面に常燈明台、左に武道館の屋根、右に品川弥二郎像が見える。
この灯台みたいなものは、明治四年に当時の東京招魂社(今の靖国神社)に慰霊のために建立されたものらしい。
昔は、海から見えたらしく実際に灯台だったのかも。

陸橋

(左)歩道橋から市ヶ谷方面の靖国通り。右側が靖国神社の境内で、左側が千鳥ヶ淵。
(右)桜の中に立つ品川弥二郎像。いわゆる幕末の志士、明治政府では要職を歴任した。
いよいよ、今回の終点となる靖国神社境内へと入っていく。

品川弥二郎像

靖国神社


靖国神社


靖国神社は、明治2年(1869)に戊辰戦争戦死者を祀るために 「東京招魂社」として創建された。
靖国神社と改称された明治12年の事だとある。
東京では、明治神宮と共に勅祭社に定められた格式の神社で、
旧社格というものでは別格官幣社とされる。
現在は、メディアなどを通じて イデオロギーと政争の具になっているが、それも、すっかりお馴染みの光景だ。
WEB上での攻撃なんてのも激しいものがあるらしい。
今更言うまでもないことだが、この神社の特徴は、○○天神みたいなメジャーな神様がいるわけではなく、国に殉じた戦死者を神として祀っているところだ。


坂を登ってくるとまず現われるのが、大正8年製らしい「大鳥居」。頑丈さがウリなんだとか。

大鳥居(第一鳥居)

鳥居をくぐると、聳え立つ「大村益次郎」像。明治26年製で日本初の西洋式銅像だって書いてある。
大村益次郎は、日本陸軍の創始者と言われる人物。
長州征討、戊辰戦争と幕末維新の戦いを勝ち抜き、軍制改革を推し進めるが最後は暗殺に斃れる。
昭和9年製の神門にある扉の菊の紋章は直径1.5mなんだとか。

大村益次郎像 大村益次郎像

神門の奥には社殿が見える。

神門

(左)神門をくぐる。
(右)神門を斜め後ろから見たところ。

神門 神門

境内に地味に数件並ぶ売店。

売店 売店

神門をくぐって、進むと第三鳥居と拝殿(明治34年製)が見える。
要は、庶民(自分含む)が小銭を投げて法外な望みを祈願するところだ。

拝殿 拝殿

(左)拝殿の左側を抜けて奥に進むとひっそりとある「元宮」。
元々は、京都で幕末に幕府にかくれ、倒幕志士のために建てられたものとなっている。
(右)「鎮霊社」。よくわからないが、靖国神社本殿に祀られていない霊が祀られているらしい。

元宮 鎮霊社

(左)社務所。
(右)能楽堂。明治14年に芝公園に建てられた能舞台が、明治36年に靖国神社に奉納されたって書いてある。

社務所 能楽堂

(左)銅製三十封度船用加農砲らしい。
(中)力士像。これがあるって事は、たぶん、この奥が奉納相撲が行われるところ。
(右)斎藤弥九郎の神道無念流道場跡。練兵館がここにあったらしい。

加農砲 力士像 練兵館跡

遊就館


遊就館


拝殿から右に進んでいくと正面に遊就館。
明治15年開館の軍事博物館として、
戦争の資料・遺品などが展示されている。
建物に入ると零戦とSLがどんと置いてある。



遊就館 遊就館

(左)到着殿。
(右)参集殿。

到着殿 参集殿

神池庭園


大鳥居から見て、位置的には、右奥の方にある庭園。
明治の始めに作られ平成11年に復元工事されたとものだある。
いわゆる回遊式庭園で池を囲むように「靖泉亭」「洗心亭」などといった茶室がある。

神池庭園

神池庭園 神池庭園

神池庭園 神池庭園

神池庭園 神池庭園

以上、皇居外苑日比谷公園東御苑北の丸公園靖国神社と皇居とその周りを見てきた。
今回は内堀のエリアを回ったわけだが、江戸城のエリアとしては外堀まで含めると広大なものがある。
折に触れて、出来ればその辺りも特集してみたいとは思う。
とりあえず、今回の「皇居・江戸城編」はこれで終了。


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