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再び、スタート地点の白山駅付近の薬師坂だ。
次は、前方左側にある円乗寺に向かう。
ここからは、時代劇でお馴染み「八百屋お七」の出番だ。



円乗寺(八百屋お七の墓)


八百屋お七の墓


住所は白山1丁目。円乗寺の門前には“八百屋お七の墓"の案内板が立つ。
ここで、駒込村の放火魔ヒロイン「八百屋お七」が登場する。
お七を炎の誘惑へと駆り立てる切っ掛けとなったのは天和の大火事。
その際に、お七が、この円乗寺に避難していたんだとか。
入り口に「八百屋於七地蔵」なるものがあり、
更に、境内の中に「八百屋お七の墓」がある。
寺の歴史も、なかなか古い物で、創建が、天正9年ってなっている。
本能寺の変で織田信長が倒れる前年あたりということになる。



江戸を火の海にしたイメージのあった八百屋お七であるが、 実は、ボヤ騒ぎ程度に終始したらしい。
天和の火事では、焼け出されているが、自分でやったわけじゃないみたいだし・・・
どうも、振り袖火事の逸話とかと、ごちゃ混ぜになってるようだ。
(左)八百屋於七地蔵。
(右)八百屋お七の墓。
墓石は、寺の住職や、寛政期にお七を演じた歌舞伎役者岩井半四郎、270回忌で近所の有志により建てられたものがあるらしい。

円乗寺 円乗寺

円乗寺 八百屋お七の墓

浄心寺坂


円乗寺前の坂道には浄心寺坂という案内板が立っている。
浄心寺が近くにあったかららしいのだが、向丘の浄心寺のことであろうか。
また、坂下に円乗寺があることから、於七坂という別名もあるのだとか。
写真は、坂を上がったところで前方の坂下に円乗寺がある。



大円寺(高島秋帆の墓)


大円寺


このあたりは、国道17号線が本郷通りと分岐した旧白山通り。
道の対岸に、大円寺の寺号と赤い門が見える。
ここでも、炎のヒロイン「八百屋お七」続投。
なんでも、天和の火事の火元と伝わるのが、ここ大円寺なんだとか。
赤い門をくぐった先には、ほうろく地蔵なるものがあり、
八百屋お七を供養するものだという。
熱した土鍋を被って灼熱の苦しみを受ける地蔵・・・
なんて、自虐的な・・・。
左側に向って境内があり、そこを抜けると、路地を挟んで墓地に。
そこには、幕末の砲術家高島秋帆の墓がある。



ほうろく地蔵 ほうろく地蔵

(左)本堂前の観音像は、上野の西郷さんと同じ高村光雲の作であるという。
(右)史跡になっている高島秋帆の墓。高島流砲術の創始者として守旧派の抵抗を受けつつも海洋防備の近代化に尽力した。

大円寺 高島秋帆の墓

白山上


白山上交差点だ。
国道17号旧白山通りと都道452号神田白山線がクロスしている。
前方は、白山通りと合流する巣鴨方面で、左は白山、右は向丘で、後方は本郷通りと合流する本郷方面だ。
この後は、駒込エリアでのメインストリート本郷通りを目指す。




そろそろ、最寄り駅が本駒込になってきた。
ただ、駒込は豊島区に入るが、本駒込は文京区らしい。
歩道に、こんなペイントがなされている。
“土物店跡"??
行ってみれば、分かるだろう。



天栄寺(駒込土物店跡)


天栄寺


本郷通りに出ると、 天栄寺と言うお寺の前に、「駒込土物店跡」の表示がある。
更に、となりには「江戸三大青物市場選跡」の表示が。
こっちの方が、想像がつきやすい。
ちなみに、「土物店」は、「つちものだな」と読むらしい。
この寺の境内で、野菜売り始めたってことらしい。
現在の豊島市場のルーツと言うことになるようだ。



天栄寺 天栄寺 天栄寺

龍光寺(丸亀藩京極家の墓所)


本郷通りから、少し脇に入ったところにある龍光寺に来た。
寛永年間に牛込で創建され、明暦の大火により、現在地に移って来たという臨済宗寺院だ。
(右)栗山潜鋒三宅観瀾と言う二人の儒学者の墓。
共に彰孝館総裁として水戸藩の事業「大日本史」の編纂に関わった人物だとか。
「大日本史」絡みの人物としては、向丘編の海蔵寺に立原翠軒の墓があった

龍光寺 栗山潜鋒と三宅観瀾の墓

丸亀藩京極家の墓所。
案内板によると、中央の宝篋印塔は、初代「京極高和」の正室「養性院(市姫)」のもの。
その手前、左右には、歴代藩主の妻子の墓が並んでいる。
歴代藩主の墓は米原市の徳源寺にあるようだ。

京極家墓所 京極家墓所 京極家墓所

唐津藩小笠原家の墓所。
案内板によると、四代、五代、七代〜十一代の藩主と、歴代藩主の妻子の墓所らしい。
初代、二代、三代、六代藩主の墓は豊橋市の臨済寺にあるようだ。
(右)三代藩主「小笠原長祐」の正室「眞流院」の宝篋印塔。

小笠原家墓所 小笠原家墓所 小笠原家墓所

南谷寺


本郷通りに戻り、駒込方面へと歩く。
目赤不動尊」なるものが。
“赤目"じゃなくて、“目赤"なんだ。
その「南谷寺」を覗いてみる。



南谷寺(目赤不動)


南谷寺
境内に入って右側に、意外とこぢんまりとある目赤不動尊
案内版を見ると、“もとは赤目不動尊と言われていた・・・"
なんでも、鷹狩の途中で立ち寄った徳川家光が、気まぐれでかは知らないが、「目赤」にしたのだという。
「目赤」でも「赤目」並びに大した意味はないんだろうか?
また、江戸五色不動の一つだとも書いてある。
他に、目黒・目白・目青・目黄があるってことらしい。
目黒不動くらいは、聞いたことあるが・・・
色については、五行思想とか、地名とかの兼合いっぽい。
目が、赤いとか、青いとか、そう言う事ではないみたいだ。



南谷寺 南谷寺

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