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Chapter of Koisikawa Lineup
源覚寺善光寺慈眼院伝通院福聚院常泉院北野神社小石川後楽園礫川公園麟祥院


福聚院


伝通院を出てすぐの幼稚園の中にある。場所から行って、ここら辺も伝通院の縄張りであったであろう。
創建は、10代将軍徳川家治の治世らしい。
本尊と思われるのは、江戸時代から人気だったらしい鎌倉時代製と伝わる大黒天だ。
(右)とうがらし地蔵なるもの。「せきどめ地蔵尊」の文字が見える。
なんでも、喘息のためドクターストップになっていた好物の唐辛子をかまわず食べた婆さんが絶命。
それを供養したものが、このお地蔵さんで、お参りして咳が止まったら唐辛子を供える風習なんだとか。

福聚院 福聚院

西岸寺 西岸寺


「福聚院」を後にして春日通りに。
その春日通りを適当に右折。
住所的にも春日に入ってきた。
「日限不動尊」なんて文字が見える。
「西岸寺」というお寺らしい。
でも、特に見るものもなさそう。
ここは素通り。



常泉院


となりの「常泉院」。赤レンガが、若干レトロな雰囲気を感じさせる。
創建は江戸時代初期、奈良の「長谷寺」系列の寺で、大日如来を本尊としているらしい。
御府内八十八カ所の86番目と言う事で弘法大師の像があるのだが。
それが、一見、鐘楼に見えるところに収まっているところにちょっと意外性がある。
それくらいかな。

常泉院 常泉院

安藤坂 萩の舎跡


ここで、やや右往左往しているが、
伝通院から真っ直ぐ来た道。
安藤飛騨守の上屋敷があったという、
「安藤坂」を下る。
「樋口一葉」も通ったという、
中島歌子の歌塾「萩の舎跡」
の案内板がある。



北野神社(牛天神)


ここ、北野神社は別名「牛天神」の異名を持つ、菅原道真源頼朝ゆかりの神社だ。
その由来は、夢のお告げという、ある意味スタンダードなものだ。
なんでも、源頼朝の夢に牛に乗った(牛車だろう?)菅原道真が現れたんだとか。
その後、ご利益に満足したらしい頼朝が、夢の牛に似た石をを祀ったのが、この神社の始まりとされている。
北野神社公式HP


建物に挟まれ、窮屈そうに見える入り口。階段を見上げる(見下ろす)光景には、それなりの風情が感じられる。

牛天神 牛天神

境内は、広くない、というより狭いか。社殿は昭和41年竣工のものらしい。

牛天神

天神様には、お約束の「牛」。

牛石 牛石

(左)この「撫で岩」(牛石)に、頼朝が腰掛けたんだとか。文字通り撫でながらお願いするものらしい。

撫で岩 狛犬

(左)この「太田神社」は、ちょっと変わっていて、貧乏神から転じて福の神を祀るようになったんだとか。
お参りすれば、貧乏神を払い、福の神を招くと言うが・・・まだ、その効果が・・・
(中)“牛"型のおみくじむすびどころ。
(右)絵馬だって、当然“牛"だ。

太田神社 おみくじむすびどころ 絵馬

(左)階段を下りて北野神社をあとにする。
(右)北野神社の側面に牛坂なんて坂がある。神社の「牛石」に由来するネームングなんだとか。

牛天神

大江戸線飯田橋駅


道標に従い小石川後楽園を目指す。
360m右折と書いてあるらしい。
右の蝉の羽みたいな建物は、
大江戸線の飯田橋駅。
異様なだけで、今回は、別に関係ないのだが、なんとなく撮ってしまった。



小石川後楽園


入場口のポジションの兼合いで、外周を半周くらいは歩いた気がする。
とりあえず、今回のメインは、ここであろう。
この小石川後楽園は、黄門さまゆかりの庭園として知られる場所だ。
案内板によると、左の築地塀の一部は、出土した江戸城外堀の石材を使っているのだという。
早速、中に入ってみる。



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