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神楽坂若宮八幡神社


神楽坂通りをちょこっと外れて、若宮町の神楽坂若宮八幡神社に来た。
源頼朝公により建立された由緒ある神社」だと書いてあるが、八幡神社に源氏絡みの由緒はお約束だ。
神楽坂の由来の一説とされている「若宮八幡社」の“神楽"とは、たぶんここのものだったのだろう。
とりあえず、見た目には、特にどうと言うこともない神社に見える。

神楽坂若宮八幡神社 神楽坂若宮八幡神社 神楽坂若宮八幡神社

(左)神楽坂若宮八幡神社付近の「ゆ嶺坂」。外堀通りへと下りていく坂だ。下りないけど。
江戸時代、梅の木が多かった事から徳川秀忠が中国の梅の名所にちなんだ名を付けたとされている。
ただ、他にも由来や、別名はいくつもあるんだとか。
(右)適当に歩いて、「新坂」なんてのに行き当たった。
享保16年、諏訪安芸守(高島藩主 諏訪忠虎か?)の屋敷跡に新しく道が造られたんだと書いてある。

ゆ嶺坂 ゆ嶺坂 新坂 新坂

さらに適当に歩くと宮城道雄記念館なんてものがあったが、ここは素通り。
明治から昭和にかけて活躍した音楽家らしいのだが知らない。

宮城道雄記念館 宮城道雄記念館 宮城道雄記念館

アバウトに歩き続け、日本出版クラブの建物の所で「新暦調御用所(天文屋敷)跡」なんて案内板を発見。
どうやら明暦あたりに、ここに天文台の施設があって、天文方の佐左木文次郎が観測していたらしい。
ただ、向かいの光照寺の木が邪魔で浅草鳥越に移って行ったともある。
当然、次は、その向いの光照寺を訪れる。

新暦調御用所跡 新暦調御用所跡

光照寺(牛込城跡)


光照寺は、慶長年間創建で、正保年間にここに移ってきたと言う増上寺系列の浄土宗寺院だ。
案内板には、後北条氏の傘下にあった牛込氏の居城跡だとあるが、その遺構らしきものは何もない。
その牛込さんについては、上野国勢多郡領主「大胡氏」の出身で、「大胡重行」がこの地に移り住み、
子の「勝行」の代に“牛込"を名乗っている。
そんなような事が書いてあるが、「牛込氏の墓所」もここにはなく、後半に訪れる宗参寺にある。

光照寺 光照寺

(左)この鐘は戦時中に供出されていた事により、逆に消失を免れたものだとある。
(右)酒井氏寄進の水鉢。ここは、庄内藩の支藩「出羽松山藩酒井家」の菩提寺であったと言う。

光照寺 光照寺

(左)諸国旅人供養碑。神田松永町の旅籠屋紀伊国屋が、旅籠での病死者を弔うために建てたものだとか。
(右)便々館湖鯉鮒の墓。“べんべんかんこりう"と読むらしい。江戸時代中期の狂歌師だとか。

諸国旅人供養碑 便々館湖鯉鮒の墓

松山藩酒井家歴代藩主一族の墓所がある一画。
「初代忠恒」「3代忠休」「4代忠崇」「5代忠禮」「6代忠方」「7代忠良」あたりが確認できる。
ちなみに「2代忠予」は山形の心光寺に、最後の藩主「8代忠匡」は谷中霊園にいるらしい。
(左)「5代忠禮」「7代忠良」の墓所。
(右)「3代忠休」「4代忠崇」の墓所。

光照寺 松山藩墓所 光照寺 松山藩墓所

(左)「初代忠恒」の墓所。
その他、一族のものが多数存在する。

光照寺 松山藩墓所 光照寺 松山藩墓所

地蔵坂 地蔵坂 ルパン反省


光照寺付近の地蔵坂。
光照寺にあった地蔵に
由来するらしい。
坂を下りて神楽坂通りへと戻っていく。
坂を下りたところに、
ちょっと変な名前の店が
「ルパン反省」って・・・
単なる駄洒落だとは思うが・・・
まあ、どうでもいいか・・・



それで、また神楽坂通りに戻ってきた。
(中・右)本多横丁なんて通りに入っていく。幕末の福井藩家老「本多修理」の屋敷があったんだとか。

神楽坂通り 神楽坂 本多横丁 神楽坂 本多横丁

筑土八幡神社


本多横丁を抜けると、大久保通りとぶつかる。
住所は「筑土八幡町」だ。
道の対岸には、その筑土八幡神社が見える。
当時、外堀工事で、となりに引っ越してきた津久戸明神社(現在の九段北の筑土神社)があったらしい。
神楽坂の名前の由来とされる“神楽"は、その津久戸明神社のものとする説もあるようだ。
ここ筑土八幡神社は、由来としては、大昔に爺さんが八幡神の夢を見た・・・とってつけたような伝説がある。
その後、実際に社殿が建って神社の体を成したのは、室町期の上杉朝興によるものだとある。

筑土八幡神社

正面の坂と鳥居。鳥居は享保年間のもので「常陸下館藩主 黒田直邦」が奉納したもの。
右は、境内にある寛文年間の庚申塔。なんかデザインが珍しいらしい。

筑土八幡神社 筑土八幡神社 筑土八幡神社

境内と社殿。

筑土八幡神社 筑土八幡神社

(左)ガラスの反射でよく見えないが、神輿庫らしい。
(右)「金太郎」の楽譜がデザインされている田村虎蔵の顕彰碑。「金太郎」とか「浦島太郎」の作曲家だとか。

筑土八幡神社 筑土八幡神社

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