HOME(23区)<<神楽坂

神楽坂の名前の由来は“神楽の音"から来ているらしい。まあ、そのまんまだが。
それで、その“神楽"が何処のものかというと「高田穴八幡」「若宮八幡社」「築土明神」などと説が割れているらしい。
この神楽坂は、牛込なんてエリアに含まれる。
その“牛込"の名前ルーツはは、牛を飼ってたからだと言う。まあ、そのまんまだが。
どうやら律令制のころの話らしいのだが、明治期にも牛乳ブームで牛はいたらしい。
ただ、少なくとも、江戸時代は、牧場風景などではなく、武家屋敷中心の街並みであったようだ。

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牛込橋


スタートは飯田橋駅の西口。
駅を出ると、現在は平成8年製の「牛込橋」がある。
初代のものは、寛永年間に徳島藩主蜂須賀忠英が建造したのだとある。
ここは、江戸城外堀のゲート、「牛込見附」のあったところだ。
橋の両サイドに石垣が残っていて、橋の欄干両端は櫓がデザインされている。



牛込橋 牛込橋

(左)牛込橋から見たJRの線路と牛込濠。

牛込橋 牛込橋

神楽坂通り 神楽坂通り


牛込橋を外堀通り方面に渡る。
左は市ヶ谷方面で、右は飯田橋の東口方面になる。
その外堀通りを渡って、正面が「神楽坂」の町だ。
交差点の表示を見ると「神楽坂下」となっていて、
メインストリート「神楽坂通り」は、 ゆるっとした上り坂の商店街だ。
入り口の道路標識を見ると、車両進入禁止と一方通行が並ぶ。
どうやら、午前と午後で、逆向きの一方通行になるらしい。



神楽坂通り 神楽坂通り

(左)「ペコちゃん焼 日本でここだけ!」だそうだ。
(中・右)神楽坂には、脇道、横道の類が多くある。

神楽坂 ペコちゃん 神楽坂 神楽小路 神楽坂 神楽小路

可愛くない・・・わざとしか思えない不気味さを誇る・・・ペコちゃん焼 。

神楽坂 ペコちゃん 神楽坂 ペコちゃん

外堀通りからの緩い上り坂「軽子坂」。
外堀の船着場から船荷を軽篭に入れて運搬する軽篭持が多く住んでいたんだとか。

神楽坂 軽子坂 神楽坂 軽子坂 神楽坂 軽子坂

このあたりの路地は、明治初期に花街であった名残であるという。
マップで見ると、「かくれんぼ横丁」と表記のある路地に来た。
石畳が特徴的な、お高そうな店の並ぶ一画だ。

神楽坂 かくれんぼ横丁 神楽坂 かくれんぼ横丁 神楽坂 かくれんぼ横丁

(左)そのお高そうな店の一つ。
(中)これも路面が特徴的な芸者新路という路地。
(右)神楽坂仲通りらしい。

神楽坂 かくれんぼ横丁 神楽坂 芸者新路 神楽坂 仲通り

神楽坂通りへと戻り、少し歩くと左手に善国寺が現れる。

神楽坂通り 善国寺

善国寺


神楽坂通り沿いにある、この善国寺は赤い・・・のは、別に珍しくないか・・・
ここは徳川家康によって桃山末期に創建された池上本門寺系列の日蓮宗寺院だ。
その後は、火災による移転を繰り返し、ここには寛政年間に移ってきたとある。
なんでも、本堂の毘沙門天が江戸三毘沙門と呼ばれ人気を集めたんだとか。
ここに善国寺が移転してきたことにより武家屋敷一辺倒の街並みから町民も歩く町に変化を見せ始めたのだと言う。
現在も、通りがかった人がなんとなく立ち寄る場所になっている。
善国寺の公式HP

善国寺 善国寺

善国寺 善国寺

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