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≪Chapter of Ikou lineup≫
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専念寺 狭間道


そろそろ、東京を名乗れるギリギリの
エリアまで来た。
埼玉との国境まで余裕があまりない。
このあたりからが、十数個の寺が
纏まっている伊興寺町の中心部だ。
まずは、専念寺が目に入ったが、
別に何もなさそうなので素通り。



正安寺


ここ正安寺を含め、このあたりの寺町は、だいだい、まるっと東伊興四丁目だ。
この正安寺だが、これ、たぶん普通は、七福神の弁財天のお寺だと思うだろうなあ。
でも幟には「おきあがり観音菩薩」と書いてあるので、観音様らしい。
なんでも、元和年間、蔵前に創建され、ここへは、関東大震災後に東上野から引っ越してきたんだとか。
7代住職が、五代将軍綱吉の生母桂昌院と親戚で涅槃像を寄進されたんだとか、まあ、そんな話があるらしい。

正安寺 正安寺

観音様が“おきあがらせて"、閻魔様で“ぽっくり"?一種のバランス感覚ってこと?

正安寺 正安寺 正安寺

七福神が揃っている。
ただ、伊興七福神は、こことは別にあるらしい。

正安寺 正安寺

東陽寺(塩原太助の墓)


東陽寺

この東陽寺も震災による引越組で、浅草からきたらしい。
今回は、どうにも今一つ地味な登場人物ばかりだが・・・
ここでの登場は、江戸時代の商人2人、また、マイナー指向か・・・
本堂の側面に「塩原太助の墓」というのがある。
一代で財を成し大商人になった人物で、そのサクセスストーリーが、
三遊亭円朝の「塩原多助一代記」により人気化したんだとか。
もう一人は海運治水の功労者だと言う「河村瑞賢」。
明暦の大火の際、木曾の材木を買い占めて一山当てたらしい。
「河村瑞賢の追慕碑」なんてのが建っていて由来が書いてある。
どちらも、それなりに名の通った商人らしいが、知らない・・・



東陽寺 塩原太助の墓 河村瑞賢の追慕碑

本堂の側面に座り込む十六羅漢たち。

東陽寺 東陽寺

常福寺(初代 林家三平の墓)


どうやら、この寺町は浄土宗ゾーンって感じらしい。
ここ常福寺も、やはり浄土宗寺院で震災により浅草から引っ越してきた組みに属するようだ。
扇のマークがなかなか特徴的だが・・・

常福寺 常福寺 常福寺

たまたまお寺の人に教えたもらった「初代 林家三平の墓所」。
墓石には「海老名家之墓」とあり、となりの墓誌に「初代目 林家三平」の文字が刻まれている。

常福寺 常福寺 常福寺

易行院(花川戸助六と愛人揚巻の墓)


ここも震災による引越組の浄土宗寺院で、清川から来たという易行院
「助六の塚」という案内板が立っている。なんでも歌舞伎で定番の演目だったらしい。
境内には、その「助六の塚」「花川戸助六と愛人揚巻の墓」「助六地蔵」といったものが並んでいるみたいだ。
でも、歌舞伎は・・・わからない・・・ただ、助六寿司の語源だって聞いたことあるけど・・・

易行院 易行院

この細い道が寺町の中心を走っている。
これまでの、正安寺、東陽寺、常福寺、易行院、この後の本行寺などが、この道沿いにある。



本行寺


古めかしい山門の立つ、 この浄土真宗本願寺派の本行寺
天正年間に越前で創建、大正9年に日暮里より移転とあるので、関東大震災以前って事か。
境内には、子供の聖徳太子が立っている。

本行寺 本行寺 本行寺


あまり地図とか見てこなかったので、細かい位置が分からず、
なんとなく見てみたこのマップには公共施設しか載ってない。
とりあえず、「←伊興遺跡公園」とあるので、そっちに行ってみる。



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