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今回の池上編は事実上池上本門寺編と言ってもよい。
メインの池上本門寺の周辺には系列の子院が23箇所もあり、通りかかった所はついでに覗いてみる。
“池上"の地名の由来は、鎌倉時代の武士“池上氏"が居館を構えていた事にあるらしい。
この館には、湯治へ向う途中の日蓮聖人が逗留しこの地で最期をむかえたと伝わる。
館の主、池上宗仲は有力な日蓮宗信徒で土地を寄進し池上本門寺を創建するに到ったのだという。

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池上駅池上本門寺大坊本行寺池上梅園実相寺真性寺西之院厳定院南之院理境院
本妙院本成院中道院常泉院照栄院永寿院展望台池上駅


池上駅を出ると池上本門寺まで旧参道らしき商店街が続く。
いわゆる門前町で、どうやら“くず餅"が名物らしい。

池上駅

商店街を抜けて最後の直線に入ってきた。
正面には、池上本門寺の総門と境内に上がる階段、更にその上には仁王門らしきものも見える。
道の左右には、系列の子院が立ち並んでいるが、まずは、真っ直ぐ親分格の本門寺へと向う。



池上本門寺


池上本門寺は、日蓮聖人入滅の霊場として日蓮宗の七大本山に数えられる有力寺院だ。
創建は鎌倉時代の1282年、ルーツは池上氏の館で病の重くなった日蓮が裏山に建立された
お堂に“本門寺"と命名した事に始まるという。
その後も、熱心な法華宗信者として知られる加藤清正や、 江戸期の紀州徳川家などの
祈願寺として繁栄を続けた。



入場ゲートの総門は元禄年間に建立されたもの。
扁額は本阿弥光悦の筆によるもので、現在掛かっているのはそのレプリカであるという。

総門 扁額

総門をくぐると現れる石段には此経難持坂という名前が付いている。
加藤清正が寄進したと伝わるもので96段あるという。

此経難持坂 此経難持坂

仁王門(三門)は空襲で消失し、昭和52年に再建されたもの。
仁王像の方は昭和54年製らしい。

仁王門 仁王像 仁王像

(左)昭和34年に再建されたという長栄堂。
(右)昭和48年に再建されたという日朝堂。

長栄堂 日朝堂

(左)鐘楼堂は昭和33年の再建。
(中)この鐘は加藤清正の娘で紀州藩徳川頼宣の正室となった瑤林院が、正保4年に寄進したものらしい。
(右)日樹聖人の五輪塔だとか。江戸時代のものらしい。

鐘楼 鐘 日樹聖人の五輪塔

大堂(祖師堂)には、日蓮聖人が祀られている。
初代の建物は、慶長11年に加藤清正が母の七回忌追善供養のため建立したが消失。
その後、徳川吉宗が2代目の大堂を建築したがこれも空襲で消失。
現在のものは昭和39年に再建されたものだとか。

大堂 大堂

(左)大殿の側面に回ったところ。左側には“お休処"が、正面奧は本殿が見える。
(右)天明4年による建立だという経蔵。

大堂から本殿 経蔵


一旦、仁王門の辺りまで戻ってきた。
「妙見堂参道」とある方に向ってみる。
この方面には五重塔や墓所があるようだ。
とりあえず、正面には日蓮像が見える。



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