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≪Chapter of Hongou lineup≫
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左は、"梨木坂"。右は、"胸突坂"。いずれを上っても"鳳明館"にたどり着く。

梨木坂 胸突坂

鳳明館


その"鳳明館"が見えてきた。
要は旅館なのだが道を挟んで本館と台町別館とがある。
本館には“登録有形文化財 第13-0087号"のプレートが。
明治に下宿屋として建築され、昭和になってから、
下宿屋兼旅館→旅館建築と改装されたものらしい。
このあたり旧台町というところは下宿・旅館の多かった場所で、本郷の歴史的景観としての意義もあるようだ。

鳳明館公式HP



鳳明館本館 鳳明館本館 鳳明館別館

本郷通りへと抜ける何の変哲もない細道なのだが、“落第横丁"なんて名前があるらしい。
何と言っても通りの対岸は、あの東京大学と言う、実に場所柄にマッチした?ネーミングだ。

落第横丁 落第横丁

本郷通りをちょっと戻り気味(本郷3丁目方向)に歩く。
対岸に東大のシンボル重要文化財の「赤門」が見える。

本郷通り 東大赤門

東京大学は、加賀藩前田家上屋敷の跡地にある。
この赤門は旧加賀屋敷御守殿門。
13代藩主前田斉泰が、11代将軍徳川家斉の娘溶姫を正室に迎えるに当たり建立したものだとか。
敷地内にある「三四郎池」は大名庭園の遺構だ。

東大赤門 三四郎池

三四郎池 三四郎池

三四郎池 三四郎池

法真寺


赤門の対岸にある法真寺の参道には、
「樋口一葉ゆかりの桜木の宿」の案内板が立っている。
幼少の頃法真寺のとなりにあった「桜木の宿」に住んでたらしいのだが。
まあ、一葉の作品に、この法真寺が登場するとかそんな話だ。
法真寺の公式HP
(中下)腰衣観世音菩薩。この観音像も一葉の作品中に出てくるんだとか。
(右下)一葉会館。イベントの時には開館するらしい。
樋口一葉の命日に行われる「文京一葉忌」の模様。



法真寺 法真寺 法真寺

法真寺 法真寺

東大の正門(有形文化財らしい)前まできた。

東大正門 東大正門

奧には安田講堂(これも有形文化財らしい)がある。

安田講堂 安田講堂

(左)本郷通り対岸の商店。左端の棚沢書店は明治の建物だとか。
(右)東大正門の対岸から細道を入っていく、たぶんここが「合格横丁」だ。正門に近いから妥当なネーミングか?

合格横丁

このあたりは本郷六丁目、案内板には「旧森川町」とある。
中山道の「森川宿」だったとか、岡崎藩本多家の屋敷があったなどと書いてある。
○○宿と言う中には、“宿"と言いながらも宿泊施設を認可されない“間の宿"なるものがあったらしい。
この「森川宿」は、更にダウングレードした一休み感覚の処点“建場"と言うものだったようだ。
岡崎藩の本多家と言うのは2系統あったらしいのだが、ここでは本多忠勝系の本多家を指している。
それ以前は分からないが、案内板に書かれている江戸後期から幕末にかけては藩の下屋敷であったようだ。



この「太栄館」と言う旅館には「石川啄木ゆかりの蓋平館別荘跡」の案内板があって石碑もある。
小説の売り込みに失敗し窮地の石川啄木が、金田一京介に救われてしばらく泊ってた所だとか。
たぶん、金田一さんの方は羽振りが良かったんだろうな。
太栄館の公式HP

太栄館 太栄館 太栄館

また、有形文化財だと言う建物(求道会館)が現れた。
これを建てた近角常観と言う人は浄土宗の僧侶であると書いてある。
ヨーロッパでの経験から、この教会+寺社の建築様式にだどりついたらしい。
内部は、まさに一見教会だが、正面の六角堂には仏像が、常人には思いも及ばない感性だと思うが・・・
求道会館の公式HP

求道会館 求道会館

先ほど、江戸時代の「森川宿」は泊らない“宿場"だったはずと書いたが、現在の本郷は旅館を多く見かける土地だ。
と言ったところで、また鳳明館(左)があった。森川別館だとか。
鳳明館が旅館の光景を代表するものなら、下宿風景の代表は、この本郷館(右)と言って良いだろう。

鳳明館森川別館 本郷館

本郷館は、木造三階建ての迫力すら感じる建物だが、明治に出来たとかで、未だ現役のアパートらしい。
ただ、建てかえ計画を巡って係争中らしいので、この雄姿を留めるのも長くはないのかも知れない。

本郷館 本郷館 本郷館

(右)本郷弥生の交差点を渡ってる途中で右を向いたところ。あの“弥生土器"の“弥生"だ。
写真の正面は言問通りで、その先、不忍通りと交差するあたりに根津駅がある。

本郷弥生交差点

弥生土器ゆかりの地の碑


付近には"弥生土器ゆかりの地の碑"なんてのもある。
まあ、このあたりで発掘されったてことだね。

と、ここまで、やはり、本郷は、文京区の名にふさわしい学生街で、
歴史的には文人との縁が深いそんな街だった。
まあ、単に東大のある本郷通り沿いには学生がいっぱい歩いていて、
街には文人とのゆかりについて書かれた案内板が多かっただけなのだが。
と、ここまでは、古い建物があったり、坂が多かったりの街並みを見てきた。
この先の“向丘"地区からは、今度は寺町へと入っていく。



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