HOME(23区)<<雑司ケ谷・護国寺<<鳩山会館

鳩山会館は、初代自民党総裁として総理大臣にもなった鳩山一郎の旧邸で、現在は一般公開されている施設だ。
鳩山家は現在まで続く、あの友愛をスローガンとする一族で、引退しても尚、日本を気まぐれにかき回している元首相も輩出している。
この洋館では、様々な会合が持たれ政治の裏舞台としての歴史があるらしい。
建築したのは、当時の日本における代表的な建築家 岡田信一郎で大正13年に完成したという。

≪Chapter of zousigaya lineup≫
法明寺(鬼子母神)金乗院(目白不動)大鳥神社本納寺雑司ヶ谷霊園雑司ヶ谷旧宣教師館護国寺鳩山会館


鳩山会館


音羽通りの向こうに見えるのが鳩山会館の敷地だ。
今立っている背後は関口台や目白台であるが、対岸も台地になっており、丘陵の上に洋館が建っている。
この周囲、江戸の地図には“御賄方 大縄地”とあり、江戸城の料理スタッフの組屋敷があったらしい。
明治になると、すでに鳩山邸の記載が見え、すでに鳩山家の敷地(24年かららしい)であった事が分かる。



ステンドグラスと鹿の頭。洋館らしい装飾だ。



(左)1階食堂。
(右)1階応接室。



(左)1階サンルーフ。
(右)2階大広間。



庭園からみた洋館と鳩山一郎像。



再び、音羽通りを歩くとすぐ、この一帯の鎮守 今宮神社がある。
創建は元禄10年で、護国寺内にあった神社が神仏分離に伴い独立したものらしい。
となりにある坂は、「八幡坂」。江戸時代の地図に「田中八幡」と記載があり、元々は、田中八幡宮があったようだ。
“久世山”と呼ばれた坂上の一帯には、関宿藩主久世氏の抱屋敷があり、御小姓組などの屋敷地であったらしい。




音羽通りと目白通りが合流する「目白坂下」の交差点。
目白坂は、目白通りより、もう少し神田川寄りにあって、椿山荘などがある台地を上がり目白通りに抜ける坂だ。
この先、すぐに神田川の江戸川橋となるが、 護国寺参道の寺領もこのあたりまでで、音羽9丁目と桜木町があったらしい。
雑司ケ谷、護国寺、音羽と巡ってきたところで、今回は終了。



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