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HOME(イベント)<< 銀座・日本橋編(銀座・京橋)
( Chapter of Kanda )

中央通り沿いの日本橋の3丁目から1丁目にかけては、江戸の通4丁目から1丁目にあたる。
特に日本橋寄りは、書物問屋が並ぶ書店外であったらしく、蔦屋重三郎などの版元が浮世絵等の文化を広め、付近では医師の杉田玄白が開業していたらしい。

(左)オフィスビルが並ぶ日本橋3丁目。
(右)日本橋2丁目。明治2年に創業されたという老舗書店の丸善日本橋店。

日本橋2丁目の高島屋日本橋店。
天保2年、木綿商「たかしまや」として京都で創業され、 その後の呉服店から百貨店というパターンは大手デパートの由来としては定番といった感がある。
昭和8年に建てられたという本館は国の需要文化財に指定されている。

(左)日本橋1丁目のコレド日本橋。
この場所は、元東急百貨店日本橋店で、そのルーツは江戸初期創業の白木屋。やはり呉服店から発展した百貨店だった。
(右)日本橋の交差点。

日本橋を渡り、住所は日本橋室町に変わる。 橋の上では、「ジャッパン・クラッシク・オートモービル2018」というイベントが開催中で、クラシックカーが展示されている。
(左)昭和2年建築の野村證券ビル。

日本橋は、江戸の商業地や金融街としても繁栄したが、交通面では、まさに江戸の中心で、五街道(東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道)の起点となっていた。
初代の橋は、江戸初期の慶長8年に架けられ、現在の橋は明治44年に建造された石橋で国の重要文化財だ。
中央通りの日本橋室町は、1丁目、2丁目が江戸の室町1丁目から3丁目にあたり、日本橋室町3丁目は、十軒店と本石町の2丁目と3丁目、日本橋室町4丁目は、本石町の2丁目と3丁目と本銀町2丁目、3丁目だったようだ。
十軒店は、人形店街で、本石町は米問屋街、新銀町は、銀細工職人が住んだ事に由来する町名であるという。
また、本町1丁目に奈良屋市右衛門、2丁目に樽屋藤左衛門、3丁目に喜多村彦右衛門と名主役3家の記載が見える。

(左)日本橋のシンボル麒麟像。
(右)「日本橋魚市場発祥の地」の碑。
江戸初期から日本橋には魚河岸があり、関東大震災で築地に移転するまで、ここが魚介類の流通拠点だった。

現在は、日本橋には船着き場があり、様々な観光船・屋形船などが運行されている。

日本橋室町1丁目の三越本店は、昭和10年に建築され、国の重要文化財に指定されている建物だ。
江戸前期の延宝元年、三井高利が本町1丁目で越後屋呉服店を創業。 業界初の現金掛値無し(現金払いの定価販売)商法で成功する。 天和3年には、本町から駿河町に移転し、三井住友銀行のルーツとなる両替店も併設されている。
現在も、日本橋室町には、三越本店の他、三井本館、日本橋三井タワー、コレド室町(三井不動産所有)などがあり、さながら“三井の街”の様相を呈している。

日本橋室町2丁目。越後屋の跡地に建っている三井本館も昭和4年建築の重要文化財だ。
明治期には、旧三井財閥の本拠として三井銀行本店、三井物産本社、三井鉱山本店などが入っていたという。
現在も三井不動産の本社、三井住友銀行日本橋支店、三井住友信託銀行日本橋営業部、三井記念美術館などがある。

(左)日本橋室町2丁目。コレド室町。
(右)日本橋本石町2丁目。明治29年建築の需要文化財、日本銀行本店。
江戸期に大判・小判を発行していた金座の跡地で、第一国立銀行、三井銀行を経て、明治15年に設立された。


東銀座から銀座4丁目に入り、中央通りを日本橋室町まで歩いてきたが、時間の都合上、今回はここまで。